わかるは分けること

これは、ある論理学者の本の受け売りですが、わかるというのは「分ける」であり、分けるは、違うと同じを分けることで、わかるというのは、違うと同じをきちんと分けつくすことだとありました。わかる気がします。

たんすの引き出しを夏物と冬物で分けること。机の引き出しを文房具と書類に分けること。本棚の棚をまんがと小説に分けること。整理整頓。あるものがあるべき場所を決めること。これは、誰でも普通に特に意識することなくやっていることでしょう。

猫にこれは難しい気がします。たぶんこれが人が獲得した特殊能力でしょう。動物/植物、猫/犬、セレブ/野生... 区別する能力、抽象化する能力、メタを認識する能力、これによって、人は猫よりずっと多くのことがわかるようになった気がします。他の動物に比べ人が優れて、わけてわかる人の性質、それを理性と言うようです。

おそらく昔の人より今の人の方がより多くわかるようになっています。つまり、理性は人に根源的に備わっているものではなく、磨いて進化させてきたものに思えます。より上手に分けられるようになってきたと言えるでしょう。蓄積ですよね。なにかをわかろうとしてもわからないので、わかることをつい諦めてしまいますが、わけることであれば続けることができ、実際、誰かが誰かにそれを引き継いで現在があるのでしょう。だから、誰かがわかっていればいいというわけではなく、わたしがわかることを諦めてはならない気がします。

登録:2021-08-13 21:02
更新:2021-08-18 20:32
by りんご89円
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