論理的、感情的
論理的でない言動を感情的といいます。論理と感情は裏表の関係なのでしょうか?感情ってなに?が、わからなくなります。喜びや怒りの科学はきっとありますよね。科学的に説明される感情というものはありそうな気がします。感情が論理の対語となるのに少し違和感を感じます。
論理の組立には時間が必要です。時間が不足すれば論理に矛盾が生まれます。また、神羅万象を論理的に理解できているわけでもありません。むしろ論理の矛盾を解決できないまま抱えていることの方が多いかもしれません。それにもかかわらず行動は必要になります。そのときどきの言動を決定する脳の働きを感情というのでしょう。むしろ言動はいつも感情に従っているのではないでしょうか。すると、今度は逆に論理的な言動というのがなにかわからなくなりました。
突然の質問には戸惑います。過去に考えたことがある同じ質問であれば、うまく返事することができるかもしれません。論理は行動に先立ち事前に準備しておく必要がありそうです。そうすることで、感情の発生をコントロールできそうな気がします。蓄えられた論理を理性というのでしょう。とにかく論理と感情は排他の関係ではないでしょう。感情は常にあり、論理はドレッシングのようなものでしょう。たっぷりあるときもあれば足りないときもあり、まったくない時もあります。
人はとかく理性を求められるので、理性に基づく行動を信じたくなりますが、そうゆうには蓄えがあまりにも少ない気がします。それに気づき修行するのが菩薩でしょう。生きてる人は誰でもみんな菩薩です。完全な理性が存在しないことはわかっていますが、貯める代はまだまだ沢山残っていそうです。
登録:2021-08-14 11:27
更新:2021-08-18 09:32
by りんご89円